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第二回 AIは人間の仕事を奪うのだろうか?

 最近、「AI(人工知能)」という言葉を聞かない日はありません。文章を書いたり、画像を作ったり、質問に答えたりするAIが次々と登場し、多くの人がその便利さを実感しています。学校の宿題や調べ学習にAIを使ったことがある人もいるかもしれません。

 一方で、「AIに仕事が奪われる」というニュースもよく目にします。将来、AIがどんどん賢くなれば、人間は必要なくなってしまうのでしょうか。

これまでにも仕事は変化してきた

 実は、人類の歴史を振り返ると、新しい技術が登場するたびに同じような心配がありました。農業機械が普及したとき、人々は「農家の仕事がなくなる」と考えました。工場に機械が導入されたときも、「人が働く必要がなくなる」と言われました。インターネットが広がったときも、多くの仕事が変わると予想されました。実際には、一部の仕事は減りましたが、新しい仕事も次々に生まれました。技術は仕事を消すだけでなく、仕事の内容そのものを変えてきたのです。

AIが得意なこと

 AIには得意なことがあります。大量の情報を短時間で整理すること。文章をまとめること。データを分析すること。同じ作業を繰り返し行うこと。人間が何時間もかかる作業を数秒で終わらせることもあります。

 そのため、これまで人間が行ってきた仕事の一部はAIに置き換わるかもしれません。しかし、それだけで人間が不要になるとは言えません。

人間にしかできないことはあるのだろうか

 例えば、友人が悩んでいるときのことを考えてみましょう。AIは相談に乗ることはできます。しかし、本当に相手を理解し、一緒に悲しみ、一緒に励ますことはできるでしょうか。また、何が正しいことなのか、何が大切なことなのかを判断するときには、人間の価値観が必要です。AIは答えを出すことはできますが、「その答えを選ぶべきかどうか」を決める責任は人間にあります。技術が進歩するほど、人間とは何かという問いがむしろ重要になるのかもしれません。

聖書は人間をどう見ているのか

 聖書には、人間が神のかたちに似せて造られた存在であると書かれています。この言葉は、人間が単なる機械ではないことを教えています。人間には考える力があります。創造する力があります。人を愛することができます。そして、自分で選び、責任を負うことができます。AIは非常に優れた道具ですが、人間そのものになることはできません。

 だから本当に大切なのは、「AIに何ができるか」だけではなく、「人間は何のために生きるのか」

を考えることなのではないでしょうか。

AIを恐れるべきなのだろうか

 私は、AIは怖いものというよりも、使い方が問われる技術だと思います。包丁が料理にも使われるし、人を傷つけることにも使われるように、AIも使い方によって大きな違いが生まれます。便利だから何でも任せるのではなく、自分で考えることをやめないことが大切です。

 AIが答えを出してくれても、その答えが正しいかどうかを考えるのは人間です。

ニュースの向こう側を考える

 AIについてのニュースを見ると、多くの場合は「便利になる」あるいは「仕事がなくなる」という話になります。しかし、その向こう側にはもっと大きな問いがあります。

 それは、「人間にしかできないこととは何だろうか」という問いです。これからAIはさらに発展していくでしょう。だからこそ私たちは、機械にできることではなく、人間にしかできないことについて考える必要があります。

 探究学習とは、正解を覚えることではなく、大切な問いを見つけることです。AIの時代に生きる私たちにとって、「人間らしさとは何か」という問いは、これからますます重要になっていくのかもしれません。パスターまこと。

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