パスターまことと学ぼう
ニュースの向こう側を、聖書と一緒に考える
最近、AIに関するニュースを目にしない日はほとんどありません。
話しかけるだけで文章を作るAI。絵や動画を生み出すAI。難しい試験で高得点を取るAI。以前は専門家だけが使っていたような技術が、今では学校や職場、家庭の中にも入り始めています。
そんな変化を見ていると、未来への期待を感じる人も多いでしょう。その一方で、少し不安になることもあります。
「AIが人間より賢くなったらどうなるのだろう」
この問いは、単なる技術の話ではありません。もしかすると、「人間とは何か」「自分の価値とは何か」という、とても深い問いにつながっているのかもしれません。
価値は能力で決まるのか
私たちは小さい頃から、さまざまな形で評価されます。
テストの点数。部活動の成績。ゲームのランキング。SNSのフォロワー数。
もちろん努力や成果は大切です。しかし気づかないうちに、「できること」と「価値があること」を同じものとして考えてしまうことがあります。
だからAIが計算でも文章作成でも人間を上回ると聞くと、自分の居場所まで奪われるような気持ちになるのかもしれません。
けれど、少し立ち止まって考えてみたいのです。
生まれたばかりの赤ちゃんは何も生産しません。それでも誰もが、その命をかけがえのないものだと感じます。病気や高齢によって以前のように働けなくなった人もいます。それでも、その人の価値が消えるわけではありません。
もし価値が能力だけで決まるなら、人はいつか必ず価値を失ってしまいます。
本当にそうなのでしょうか。
人間らしさはどこにある
AIは多くの仕事を助けてくれるでしょう。これからさらに便利になっていくはずです。
しかし、人間には効率や能力だけでは測れない面があります。
誰かの痛みに胸を痛めること。失敗して涙を流すこと。傷つけた相手に謝ること。許すこと。誰かのために時間や心を使うこと。
こうした行動は、単純な計算では説明できません。
もちろんAIも、人間らしい会話ができるようになっています。でも私たちが本当に求めているのは、正しい答えだけではないように思います。
つらいときに寄り添ってくれる存在。自分を理解しようとしてくれる存在。共に喜び、共に悲しむ存在。
人間らしさとは、能力の高さよりも、誰かとの関わりの中で見えてくるものなのかもしれません。
神に覚えられている一人
私はこの問いを考えるとき、イエスの短い言葉を思い出します。
「あなたがたは多くの雀よりも価値がある。」
なぜ雀なのだろう、と私は思います。雀は目立ちません。何か特別な成果を残すわけでもありません。それでも、神はその一羽さえ忘れないとイエスは語りました。
もしそうなら、人の価値は「何ができるか」より先にあるのかもしれません。
何もできない日もある。誰かより劣っていると感じる日もある。
それでも、あなたは忘れられていない。
雀について語るイエスの言葉は、そのことを静かに伝えているように感じます。
AIはこれから、私たちより速く考え、上手に文章を書き、難しい問題に答えるようになるでしょう。そのたびに、私たちは「人間にしかできないこと」を探したくなります。
けれど、「AIにできないこと」を見つけなければ、人間の価値を守れないのでしょうか。
私は、そうではないと思いたいのです。
賢さの向こうに残るもの
AIがどこまで賢くなるかは、まだ分かりません。でも本当に問われているのは、AIの能力ではなく、私たちが人間をどのような存在として見るか、なのかもしれません。
役に立つ日も、立てない日もある。評価される日も、誰にも気づかれない日もある。それでも、一人の価値は消えない。私は、AIについて考えるたびに、そのことを忘れたくないと思います。
では、また次回。©パスターまこと

